
文=北舘和子、写真=松林満美
―『花戦さ』では、花が力強いものとして描かれていますね
野に咲く花は小さくてか弱く、かわいらしくもあるのですが、この映画では池坊専好(野村萬斎)が横暴な権力者である豊臣秀吉(市川猿之助)をいさめ、心を動かすために花を生けます。そこには人を圧倒する力強さが必要でした。それから、専好の言葉に「花の力や!」というのがあるのですが、これには花の力で開かれていく人生もある、という意味が込められています。専好が河原で助けた娘・れん(森川葵)が蓮の花によって生命力を取り戻し、眠っていた才能が目を覚まします。ですから、この作品では、見た目の力強さだけでなく、花には根源的な才能そのものを開かせてくれる力がある、ということも表現できたかなと思います。
―その花で秀吉に戦を挑む専好は、もともと天真爛漫な花僧だったのが町衆を代表する存在へと変わっていきますね
当時は権力者を批判しただけで役人が飛んでくるという、理不尽なことが平気で起きる時代で、専好の身近な人たちにもその手が及びます。それで町衆たちは専好にすべてを託し、専好と秀吉との戦いが始まるわけですが、そこには現代との共通点もあります。今、ものを発信することができる人たちは、何かを作ることでいろいろな人の想いを表現できるんじゃないかと思っています。出る杭が打たれる、閉塞感を抱く時代ではありますが、そうしたアーティスティックな活動から人々が元気や勇気をもらったり、何かを見出したりするというのはいいことですよね。
―専好を演じた野村萬斎さんの印象についてお聞かせください
萬斎さんは、事前の打ち合わせや現場でいろいろアイデアを出してくれました。ラストシーンは脚本の意図を大きく広げることにもなりました。それから撮影中は、表現者としての萬斎さんの面白さもたくさん発見できました。頭のてっぺんから足の先まで全身で表現する方で、「どこで勝負をかけてもいいぞ」という準備を常にしているんだと思います。専好の幼なじみ・吉右衛門役の高橋克実さんとのハーモニーも、見ていてとても面白かったですよ。
―その萬斎さんと相対する秀吉役の市川猿之助さんはいかがでしたか?
難しい芝居もひとつの「型」としてできる方です。現代劇でいうところのアクションですね。専好や千利休と対決する場面でも自分の役割を理解して、「こうしてほしい」という演出を、型をもって答えてくれる方だと思いました。それを淡々と、最初のテストから本番までまったく変えずにやってくれる、優れた俳優さんです。
―ほかにも、本作には豪華な出演者が名を連ねています
千利休を演じた佐藤浩市さんは秀吉に虐げられ、一方で専好と心を通わせていくという役柄でしたが、秀吉に死をもって応える覚悟と茶人としてのもてなしの気持ちを「まあるい」利休として演じてくれました。中井貴一さんは、時代劇の経験が豊富な中でも信長役は初めてだということでしたが、いやらしい権力者になりがちな信長を文化に理解のある懐の深い人物として演じてくれました。それから、森川葵さんは絵師役ということで、劇中絵画を手掛けた小松美羽さんの仕事を見て自分の芝居に取り入れていましたよ。
―最後に見どころを教えてください
『花戦さ』では、花や茶という日本の文化が人の心を変え、ひいては世の権力にも物申すことができる、ということが伝えられたらと思っています。でも、作品のテーマは見ていると自然に浮かび上がってくると思うので、それよりもすばらしい俳優さんたちの共演を、中でも天真爛漫な専好を体現した萬斎さんの芝居を見てほしいところです。
―ありがとうございました
篠原哲雄(しのはら・てつお)
1962年生まれ、東京都出身。
助監督として森田芳光監督や金子修介監督の作品などに参加する一方、1993年、自主制作映画『草の上の仕事』が国内外で評価され、劇場公開される。1996年、『月とキャベツ』で劇場用長編映画デビュー。主な監督作品に『はつ恋』『昭和歌謡大全集』『天国の本屋~恋火』『深呼吸の必要』『地下鉄(メトロ)に乗って』『山桜』『真夏のオリオン』『小川の辺』『起終点駅 ターミナル』などがある。