
写真=坂本康太郎
―猫の視点で描かれているのが新鮮でした
人間を撮るように撮りたいというイメージがありました。人間を撮るときには、肩越しの視点で話し方や動き方を捉えるのですが、今回はそれを“猫の肩越し”として撮りたかったのです。その視点を通じて、猫がどんな世界に生きているのかがわかる、という意図がありました。撮影監督には気の毒なことに、ずっと低い視点でモニターを見ているので、物にぶつかったりすることも。私が「車が来ているから注意して」と声をかけながら撮影しました。そういったチャレンジのおかげで、「猫の世界」が撮れたと思います。
―そういった苦労のおかげで、猫はカメラを意識せず振る舞えたのですね
もともとイスタンブールの猫はあまり人を怖がらないんですよ。それに、私たちは3カ月間にわたり同じ場所で猫に会い続けたので、猫のほうも私たちに慣れて居心地がよかったようですし、カメラにも慣れていきました。何匹かの猫は、むしろカメラで撮られることに喜びを感じているような動きをしていました。まるで演技をしているように、同じ動きを繰り返してくれた子もいたんですよ。逃げてしまう子は、撮られるのが嫌なんだろうな、ということで追いかけることはしませんでした。この映画に映っているのは、私たちと一緒にいて居心地がいいと思ってくれている猫たちということになりますね。
―「飼い猫にすると猫らしさがなくなる」とありましたが、イスタンブールでは猫らしいまま共存できているのですね
そうですね。ただ、そこには都市化のジレンマがあります。家の中にも外にも行けることが猫にとっては理想なのでしょうが、住宅が多くなり、車が多くなり、人にとってもスペースがなくなってくると、車にひかれてしまうかもしれません。だから飼い猫にして家で過ごさせざるを得なくなってくるんですね。それは、人間の子供にとっても同じことが言えると思います。
―イスタンブールで出会った猫と、それ以外の猫とでは印象は違いますか?
イスタンブール以外では、通りで猫と友達になることが少ないです。それが、イスタンブールを離れて過ごしている間、さみしいと思ったことです。この映画を作ったのも、その理由がありました。イスタンブールの猫のユニークなところですね。インターネットを見ていると、猫好きの人が増えている印象があったので、イスタンブールの猫を紹介したい、という思いもありました。逆に、猫が嫌いという人もいますが、きっと、たった1匹の嫌な猫に会っただけだと信じています(笑)。
―日本でも猫は人気ですが、日本と比べても、子供のころから猫と仲良くなる環境が多いように思えます
子供が子猫を守るために家に入れて、仲良くなって、「家に入れてはいけません」と言われても隠れて一緒に眠ってしまって…というようなチャンスがたくさんあるからだと思います。子供のころは誰でも、動物と友達になりたいと思う心がありますよね。イスタンブールのほうが、そういったチャンスが多いということではないでしょうか。
―日本では、地域によって公園に住む猫に食事を与えるのを禁止している場所もあります
都市で暮らすことがどんどん難しくなっているのでしょうね。「都市」というのは、「自然の営みをコントロールする」という発想に基づいているような気がしてなりません。家の中で、自然が欲しかったり動物と触れ合いたいという欲求があっても、近所への影響を気にしてガマンしなければいけない。そういう意味で、都市から離れていく傾向も出てきているのではないでしょうか。単純に、猫と暮らしにくくてさみしい、というだけでなくて、都市のありかたというのも考え直すべきかもしれませんね。
―最後にメッセージを
ぜひご家族で観ていただきたい映画です。どのシーンにも猫がいるようにしています。きっと、どの世代の方も楽しんでいただけると思いますよ。
―ありがとうございました
ジェイダ・トルン
イスタンブールに生まれ、子供時代を野良猫と共に過ごす。ボストン大学で人類学を学んだ後、イスタンブールへ戻ってレハ・エルデム監督のアシスタントを務める。その後、ロンドンへ渡り、プロデューサーのクリス・オーティに師事。アメリカへ戻り、撮影監督のチャーリー・ウッパーマンと共にターマイト・フィルムズを設立。本作で初めて長編ドキュメンタリーを監督。2016年サイドウォーク映画祭で最優秀ファミリー映画賞を受賞。