
写真=三橋優美子
―100年ほど前に書かれたカフカの「審判」を、現代の東京を舞台に映画化した本作。脚本を読んだ感想はいかがでしたか?
にわつとむ(以下、にわ) 不条理小説の映画化で、最初に読んだ舞台用の脚本は、最終的に映画の撮影に使用した脚本よりわかりづらく、よくわかりませんでした(笑)。ただ、ジョン(・ウィリアムズ)監督が原作よりもわかりやすくなるよう、徐々に脚本を書き換えていきました。
常石梨乃(以下、常石) 私も最初はよくわかりませんでした…(笑)。ただ、答えを見つける必要もないと思いますので、監督の指揮の下、役者として率直に演じていきました。
―カフカならではの世界観ということでしょうか
にわ ヨーロッパの映画祭に参加して感想を伺うと、日本での「難解」という評価に対して、「なんでだい? こんなにわかりやすい話なのに」という感想なんです。「不思議の国のアリス」とか、そういったおとぎ話に子供のころから触れているヨーロッパの方には、受け入れやすい物語なのかもしれません。
―役作りについて。主人公の木村陽介は、原作のヨーゼフ・Kを彷彿させる名前ですね
にわ そうなんです。これ、僕が提案しました。ジョン監督に「“K”では現実味がなくて演じにくいので、名前が欲しい」と相談し、パッと思いついたのが「木村陽介」という名前でした。木村陽介という男にはまったく「欲求」というものがないんです。ただただ翻弄される。演じるにあたり、かなり悩みました。この男は何をしたいんだろう、と。そんな時、俳優としてもがいている僕自身とリンクさせてみようと思い立ちました。エンターテイメントという厳しい世界で、「どうしてうまくいかないんだ」という声にならない“もがき”を、理不尽に翻弄される木村陽介とシンクロさせていきました。
常石 私の演じる鈴木まりは、「隣人」というのがキーワードだったので、リアルな“隣人”であることを意識しました。日常生活で壁1枚で隣り合っている距離感というのは、知り過ぎているわけでもなく、まったくの他人でもない。まして、好意を抱いているのであれば、なおさら距離感が難しかったです。
―ジョン監督は、現場ではどのように演出されていたのですか?
にわ 監督とは3回目。いつもはあまり決め込まないで、アドリブを重視してくれるのですが、この作品については、その手法ではまったくうまくいきませんでした。アドリブを入れると、あらぬ方向に転がっていって収拾がつかなくなる。試写で、ある批評家の方が「監督がよくコントロールされましたね」とおっしゃっていて、その通りだな、と感じました。
常石 私は、にわさんとは長いお付き合いなので、現場でも普段通りにおしゃべりできる間柄なんです。でも、撮影に入るときに、役について出演者同士で打ち合わせをしようと思ったら、監督がそれに対してものすごく怒ったことがありました。「鈴木の心は鈴木にしかわからない。そういう意思の疎通はいらない!」って…。普段はとても温厚な方なんですが、そのときばかりはものすごい剣幕でした。相手の気持ちを探ろうとする心理が、今回のお芝居には必要で、気持ちまで話してしまうと、そこに矛盾がにじみ出てしまうんですよね。
にわ すごく怒ってましたね。あの優しいジョン監督を、あそこまで怒らせてしまったと、その日はずっと落ち込んでいましたよ。でも出来上がった作品を観て、やはり監督の思うようにコントロールされていたんだなと思いました。現場では操られている意識なんてなかったんですけどね(笑)。
―完成した作品を観たときの感想はいかがでしたか?
にわ すごく客観的に観ることができましたね。自分が出ているのに、「うわ、この人かわいそう」と思いながら、ハラハラドキドキしていました。
常石 不条理な展開のはずなのに、そうは思わずスッと作品の世界観に入っていけました。もしかしたらヨーロッパの方と同じように、おとぎ話として受け入れられたのかもしれないですね。ちょっと「狂った」シーンもあったりして、ジョン監督ならではの世界観かもしれないです。
にわ 弁護士役の品川(徹)さんに対して怒りをぶつけるシーンがあるんですが、その時はなかなか怒りの感情が出てこなくて、苦労したのですごく印象に残っています。ジョン監督も、僕を怒らせるために、ひどいことを言ってきて、「怒らせようとしてるな」とわかってしまってますます怒れなくなったり(笑)。繊細なテーマを取り扱っている分、感情のコントロールが大変でした。役者冥利(みょうり)に尽きる現場でしたね。
―最後にメッセージを
常石 誕生日に理不尽な罪で逮捕される…。そんな不条理な事態に対して、疑問を持って行動することができない世の中やシステムに対して、一度立ち止まって考えるきっかけになってほしいです。考えをめぐらせると、「ルールだから」で済まされているような、理不尽だけど従っているものってあると思うんです。それに対してシンプルに「おかしいですよね」って言えることが大事で、そのきっかけになる作品だと思います。「そういうものなんだよ」って言われてしまって、疑問に思っているものも飲み込まざるを得ない状況ってきっとたくさんあると思うので。
にわ 観る人によって解釈が異なる作品ですし、監督も「こういう風に見てほしい」というのを定めたくないと思うので、何でもいいので感じてもらえれば。僕自身をさらけだした作品なので、感じる通りに感じていただければ、役者としては本望です。
―ありがとうございました
左・にわつとむ
1974年11月14日生まれ。兵庫県出身。
慶応義塾大学在学中に、蜷川幸雄演出舞台でデビュー。その後、お笑い芸人を経て再び俳優に。NHK「マッサン」やTV朝日「相棒」など数々のドラマ、映画、舞台に出演。ジョン・ウィリアムズ監督作品へは、3作目の出演となる。
右・常石梨乃(つねいし・りの)
1978年7月29日生まれ。奈良県出身。
劇団に入るため、21歳で上京。舞台・テレビ・CM・ラジオ・映画などに幅広く出演し、影のある存在感を持ち味とする。最近ではドラマBS時代劇「大岡越前4」や福澤克雄監督の映画『祈りの幕が下りる時』などに出演。