「お金で解決することとは違う価値観に気付いて」/『ブランカとギター弾き』長谷井宏紀監督インタビュー

世界中を旅しながら写真家としても活動してきた長谷井宏紀監督の長編デビュー作が公開された。フィリピンを舞台に、そのカラフルな街並みとそこに住む人々の生き生きとしたエネルギーを、路上に生きる子供たちの視点からみずみずしく描いた。多くのキャストは、監督自らがストリートを歩いてスカウトやオーディションを敢行。演技だけではない、そこに生きる人々の生々しさやリアリティを捉えた。本作への思いを聞いた。

写真=坂本康太郎

―キャスティングが肝だったと思いますが、主演のピーター(ピーター・ミラリ)さんへの思いをお聞かせください

マニラで彼と初めて出会ったときから、彼の存在自体が僕にとって特別なものでした。彼がいるところだけ、何かを放っていたというか、空気が違っていた。彼とは、最初は短編作品を一緒にやったのですが、ぜひ長編作品でもと思い、本作の脚本を書きました。

―ピーターさんご本人も、人を集める魅力があると聞きました

映画制作なのでギャラが発生するし、当然、彼にも支払っていました。最終日、撮影クルーがざわざわしていたので「何かあったの?」と聞いたら、「ピーターがいろんな人にお金を渡しちゃって、5000円しか持っていないって」と…。そういう感覚を持って生きてきた人なんだな、と、妙に納得してしまいましたよ(笑)。

―そのほかのキャスティングも見事でしたね

セバスチャン役のジョマル・ビスヨは、演技は初めて。彼に出会うまで、路上を歩きまわって2カ月かかりました。出会った時はうれしかったですね。ひょうひょうとしていて、「この先、何かをやろう」という考えはないと思います。そういう意味でも、セバスチャンのキャラクターそのものでした。スタッフからは「彼が将来、役者になった姿を見たい」という声がありました。逆に、ヒロイン・ブランカ役のサイデル・ガブテロには、はっきりと「シンガーになりたい」という意思があった。

―もともと、YouTubeで自身が歌う動画を上げていたとか

当時、演技は初経験で、1カ月近くにわたる撮影を乗り切ったのは大したものだと思います。彼女の中でも「ブランカになる」という強い思いがあったようです。また彼女と映画を作りたいな、という思いが日に日に強くなっています。フィリピンでの作品に限らず、何らかの形で作品に登場してほしいですね。

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―フィリピン、そしてストリートチルドレンにスポットを当てた理由を聞かせてください

社会の現実を、子供たちの視点から見せてみたいという思いもありましたし、僕自身が世界を旅する中で感じた「子供たちの強さ」を、日本のみなさんにシェアしたかった。彼らと出会って、僕が感じた強さや優しさを広く知っていただきたかったんです。

―家族の大切さが感じられる作品でした

ストリートチルドレンは、盗みもしてでも一人で生きていかなければいけない環境にいる。「子供が買えるならお母さんも買えるんじゃないか」って思ってもおかしくない世界にいるわけです。しかしブランカは、ピーターとの「つながり」というか「ホーム」というか、人と人とのつながりの中で、お金で解決することとは違う価値観に気付いていきます。誰にもその価値観はあって、きっとそこに共感していただけるというか、そこを肯定できる映画になっていると思います。

―監督が一番印象に残っているのはどのシーンですか?

ラストカットですね。ブランカの表情が一番印象的でした。その点では、ピーターもいろいろなシーンで本当にいい表情をしてくれましたね。それぞれが役を理解してくれているなと感じました。ピーターはほとんどセリフを間違うこともなかったですし、撮影は本当に楽しかったですね。実は練習もたくさんしていたんだと思います。その姿を僕に見せなかっただけかもしれませんね(笑)。

―みんながキャラクターと作品にマッチして出来上がったのですね

僕が書いた脚本が「家」になって、みんながそこに集まってきてくれた。そして時間が経つにつれてファミリーになっていった感覚です。最終日は本当にいい時間を過ごせましたし、また彼らと映画を作りたいなと思える、そんな空間でした。「早く次を書きなよ」ってみんなから言われるんです(笑)。

―最後にメッセージをお願いします

ブランカという一人の少女が、前向きに困難に立ち向かっている姿を通じて、観ていただいた方の心と時間があたたかくなってくれるとうれしいです。

―ありがとうございました

長谷井宏紀(はせい・こうき)
岡山県出身。
映画監督・写真家。セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)で映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。その後、活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DISYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は、東京を拠点に活動中。

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ABOUT
“お母さんをお金で買う”ことを思いついた孤児の少女ブランカ(サイデル・ガブテロ)は、ある日、盲目のギター弾きピーター(ピーター・ミラリ)と出会う。ブランカはピーターから、得意の歌でお金を稼ぐことを教わり、2人はレストランで歌う仕事を得る。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、一方で、彼女の身には思いもよらぬ危険が迫っていた。
配給:トランスフォーマー
公開日:シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中
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