「自分が風景の中に溶け込んでいく感覚があった」/『わたしは光をにぎっている』松本穂香インタビュー

前作『四月の永い夢』など国内外で高く評価される作品を生み出してきた中川龍太郎監督が、現代の生活の中で“失われてゆくもの”に向き合う人々を繊細に描いた映画『わたしは光をにぎっている』が11月15日に公開する。故郷を離れ、東京での生活に新しい希望を見出すヒロイン・宮川澪を演じるのは、ドラマ「この世界の片隅に」や連続テレビ小説「ひよっこ」などで注目される女優・松本穂香。撮影の様子を振り返ってもらった。

写真=三橋優美子

―まずは、台本を読んだ感想から聞かせてください

中川(龍太郎)監督が、普段、詩を書かれているということもあって、素敵な言葉が詰まっていて、ハッとさせられるセリフやじんわりくるセリフがあったり、優しくて丁寧なお話だと思いました。たとえば、おばあちゃんの言葉の、「言葉は光だから。ずっと残るものだから」というのが、本当にそうだなと思いましたし、私の中でもずっと残っていくのかなと思います。人や場所がなくなったとしても、思い出や言葉はいろんな人の中に残るものだから、やっていけるのだと思います。おばあちゃんの言葉の一つ一つに愛情を感じました。

―松本さんにとって、本作はどんな映画になりましたか

事前に「こうしたい」というように決め過ぎずに、ありのままで演じられたらいいなと思った映画で、私自身が経験したことのある感情がとても多い映画でした。それに、私にとって初めての感覚もたくさんあった映画になりました。湖に入るシーンがあるんですが、湖と自分の境目がなくなる感覚というか・・・言葉で表現しにくいんですが、自分が風景の中に溶け込んでいくというか、受け入れていく感覚があって、それが初めての感覚で面白かったです。

―監督とはどのような話をされましたか?

あまり細かいことを事前にお話したわけではなくて・・・カットをかけてから、「ああ、澪はそういう風に言うんですね」って感想を言ってくださったり、私を「風景の一部」として切り取ってくださっていたのだと思います。消えゆくものに対する想いみたいなものは台本に込められていたと思うし、澪のことについては私を信頼して任せてくださっていたので、本当に何も話していませんでしたね。

―現場の雰囲気はどのようなものでしたか?

いわゆる“和気あいあい”というのとはちょっと違う、優しい空気がずっと流れていました。光石(研)さんはじめ、出演しているのが素敵な方ばかりで・・・光石さんがとにかくチャーミングな方で、年齢関係なくいろいろな話をしてくださって。だから私たちも楽しく過ごせたし、いい現場だったと思います。変なところで緊張してたら演技に影響すると思うので、いい空気感で撮影できたと思います。

―澪との共通点はどんなところがありましたか?

いろんなことが“下手くそ”というか。あまり自分から踏み込んでいかないところ・・・自分から動くと傷つくかもしれないというリスクがあるから、なるべく意思表示をしないで自分を守るところなんかは、自分も経験ありますし、近いなと思いました。察してくれたらいいなと思って何も言わなかったり、わかってくれる家族には甘えて、言葉をあまり使わない感じは、共感しましたね。

―監督から「“少女”を演じてほしい」というリクエストがあったと伺いました

「子供」の部分がたくさん残っている女性、ということだと思います。恋愛経験はあるけど本当の恋愛は知らない、リップクリームは付けるけど色付きは使わない、みたいな(笑)。“女”ではなくて、“少女”。初めての場所に行ってキョドキョドして、そんな子供の部分が残っている澪が恋をして・・・というのが物語の中で描かれていく部分だと思います。

―歩き方にも澪らしさが出ていましたね

引きのカットが多かったので、そういう仕草も意識していたと思います。最初は自信なさげにたどたどしく歩いていたのが、次第に自信をつけてスタスタ歩くようになっていったり。気分がちょっと弾んでいたり、トボトボしていたり。口数が少ない分、目線とか動き方とかで表現しようとしたところはありますね。小細工みたいなことはしたくなかったので、そのとき感じたままに動いていれば伝わるものがあるんじゃないかなと思っていました。

―撮影した場所について。立石や長野など、「失われつつある風景」が舞台となりました

普段、触れたことのない場所が多くて・・・澪にとっても同じなので、いいように作用していたと思います。撮影中、監督が毎日のように「公開するときにはなくなっている場所もあるかもしれない」とおっしゃっていたので、その意識は強かったです。エチオピア料理店でのシーンも印象的だったんですけど、お店の方やお客さんとのやり取りは全部アドリブというか、特になにも決めごとがなくて・・・監督も、お店の外でモニターを見てニコニコしていらして(笑)。素敵なシーンになったと思います。

―「終わらせ方」がキーワード。意識したことは?

“終わり”って必ずくるものなので、変に意識するとうまくいかないこともあると思うので、当たり前のこととして念頭に置くようになりました。「これから大変そうだけど、絶対終わるんだ」って励みになることもありますよね(笑)。“終わり”って意識するものではなくて、いつも通り丁寧に向き合い続けることで、いい終わらせ方につながるんだと思います。

―印象に残っているシーンはどこですか?

ラストシーンが好きですね。(澪の表情に)寄ったカットを撮る予定だったのが、「これでいこう」と監督がおっしゃって、撮らなかったんです。普通、澪の表情を映したいというか、観ている方も気になりますよね。でも、風景として終わる潔さというか・・・そこにカネコアヤノさんの曲が流れ始めて、本当にいいシーンになっていました。

―最後にメッセージをお願いします

世の中にはたくさんのお仕事があって、たくさんの人がいて、何かが合わなかったり諦めてしまうことがあったとしても、「それで全部ダメ」と思わずに、いろんなことに挑戦し続けてほしいなと思います。どんな人でも受け入れてくれる場所は必ずどこかにあるし、ずっと続けられるものと必ず出会えるので、それがこの映画・・・澪の経験を通して伝わればいいなと思います。

―ありがとうございました

松本穂香(まつもと・ほのか)
1997年2月5日生まれ、大阪府出身。
2015年に主演短編映画『MY NAME』で俳優デビュー。2017年の連続テレビ小説「ひよっこ」に出演して話題を呼び、翌年のドラマ「この世界の片隅に」で主演。auのCM「意識高すぎ!高杉くん」シリーズに出演するほか、JR東日本「SKISKI」2018~2019のメインキャストを務めた。主な映画出演作に『恋は雨上がりのように』『世界でいちばん長い写真』『チワワちゃん』『君は月夜に光り輝く』『きみと、波にのれたら』など。現在、主演映画『おいしい家族』が公開中。2020年には、『his』『酔うと化け物になる父がつらい』『みをつくし料理帖』などの公開待機作品が控えている。

ABOUT
亡き両親に代わって育ててくれた祖母・久仁子(樫山文枝)の入院を機に東京へ出てくることになった澪(松本穂香)。都会の空気になじめないでいたが、「目の前のできることから、ひとつずつ」という久仁子の言葉をきっかけに、居候先の銭湯を手伝うようになる。昔ながらの商店街の人たちとの交流も生まれ、都会の暮らしの中に喜びを見出し始めたある日、その場所が区画整理によりもうすぐなくなることを聞かされる。その事実に戸惑いながらも澪は、「しゃんと終わらせる」決意をする。
配給:ファントム・フィルム
公開日:11月15日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
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