「登場人物の感じる『もどかしさ』が今の社会を象徴していると思う」/『静かな雨』仲野太賀×中川龍太郎監督インタビュー

繊細な情景描写で数多くの国際的な映画祭で評価を得ている中川龍太郎監督の最新作『静かな雨』が2月7日に公開された。原作は宮下奈都のデビュー作で、中川監督自身、初めて原作のある作品に挑んだ。衛藤美彩と仲野太賀をダブル主演に迎え、「1日」を懸命に生き抜く若者たちの姿を、美しい映像と音楽でみずみずしく表現した。本作で、足の不自由な行助を演じた仲野太賀と、中川監督に話を聞いた。

写真=松林満美

―衛藤美彩さん含め同世代ということで、息の合った撮影現場だったと伺いました

中川龍太郎監督(以下、中川監督) 衛藤さんは演技経験があまり多くないということで、彼女が自然に振る舞えるような雰囲気作りを心がけました。太賀とも相性がよかったこともありましたし、同世代ということで何でも言い合いながらその場で作り上げていく、ということを意識しました。

仲野太賀(以下、太賀) 衛藤さんはアイドル活動をされていたこともあって、「瞬発的に表現する」ということが飛び抜けて上手でした。現場もパッと明るくなるので、共演者としてはやりやすかったです。

―太賀さん演じる行助の役作りについて聞かせてください

太賀 足が不自由で、コンプレックスを抱えていて・・・他人の痛みとか傷にすごく繊細に反応できる、そういう繊細さを行助は持っています。そこを丁寧に演じられたらいいなと思っていました。親しみやすさというか、見ていただく方が感情移入しやすい存在でいられたらいいなとも思っていたので、そのあたりも気を付けていました。

中川監督 原作では、行助は松葉杖をついているんですが、そういった部分などは一部変えさせていただいたりもしています。映画の中で、“行助が足を引きずる”というのは象徴的な動作でもあるので、もちろん根本には原作の行助がありながらも、その魂が一緒であれば見せ方には幅があってもいいのではないかということで、ある程度、自由に表現させていただきました。

―劇中の音楽は、作品を通して即興で当てられたものなのだとか

中川 この映画を、一編の曲の中に閉じ込めた「詩集」のような作品にしたくて。冒頭から終わりまで、つながった曲のつもりで作り上げました。作品を大きな一つの流れだと考えた時に、個々のシーンで考え過ぎると一つに聞こえない。だから、音楽の高木(正勝)さんには、99分間の作品を一気に観ていただいて、続けて演奏していただきました。演技は役者さんにお任せして、カメラマンとはイメージを共有し合って、どうすれば映像と音楽とが一つにつながっていくかをこだわりながら撮影していました。

太賀 演じる方にとっては、原作の持つ美しさが映像になった時にどう広がりを持つのかが大事で、出来上がった作品を観たときは、塩谷(大樹/撮影)さんの映像、そして高木さんの音楽が、より物語をふくらませてくれたなと感じました。それを、中川くんの才能で包み込んだような作品になっていると感じました。

―その作品の中で、特に印象に残ったシーンはどこですか?

太賀 川辺でドローンを使って撮影したシーンですね。音楽もすごくきれいでしたし、撮影の現場でも、深夜から準備して、太陽が昇ってくるタイミングを狙って撮影したんですが、一発撮りという現場的な緊張感もあって印象に残っています。

中川監督 陽が出てよかったよね。準備している間は曇っていたんですよ。ぼく、晴れ男なんです。大事な撮影ではいつも晴れるんですよ。だからアポロンの生まれ変わりなんじゃないかって。

太賀 ふーん、そうなんですね。

中川監督 そうなんですねって!(笑)

―監督にとって思い入れのあるシーンはどこですか?

中川監督 行助が初めてこよみ(衛藤美彩)を部屋に連れて行くシーンです。あのときは、衛藤さんご自身も初めて部屋に入ったんですよ。ほとんどセリフを決めずに即興でやったんですが、ぼくにとっては面白かったというか、新鮮な体験でした。仕上がりにも自信があります。太賀はやりにくそうだったけど(笑)。

太賀 アドリブはあまり得意じゃないので・・・緊張感というか。鮮度も大切ですから緊張しました。でも、出来上がった映像を見て、うまくいったんだなと思いました。

―あまり感情の起伏のない行助が、感情をあらわにするシーンもありました

太賀 行助は人の痛みを繊細に感じられる人だと思うんですけど、そうであっても寄り添い続けるのが難しいこともあって、そういう矛盾に人間味があるんじゃないかなと思って。そういうものを丁寧に演じたいと、脚本を読んだときから思っていたので、あのシーンは特に慎重に演じていましたね。

中川監督 行助が足を引きずっている、そのときの太賀の表情にもグッときましたね。本当はペースを速めたいのに、一歩一歩でしか進めない。そのもどかしさを感じている。これって、これからの社会を生きる日本人の象徴でもあると思うんですよ。絶対に階段は1段ずつでしか上がれない、道は1歩ずつしか進めないという。そいういう覚悟の物語だと思うので、そういうのが太賀の横顔とかから出ていて、太賀にやってもらってよかったなと思いました。

太賀 行助に限らず、現代社会で生きづらさを感じている人は多いと思いますし、もどかしさを感じることってたくさんあると思います。映画は時代を反映するし、時代は映画に影響される、相互作用があるって、中川くんとも話していたんです。昔の映画だったら、言いたいことは言って、ケンカして・・・って表現が多かったように思うんですけど、いまの社会は「言いたいことを飲み込む」というところから表現がスタートしていると思うんですよ。そういう点で、この作品は時代に合っているのだと思います。

―最後に、作品を楽しみにしている人にメッセージをお願いします

太賀 中川監督が初めて原作のあるものを映画化するということで、新しい1ページになっていると思います。なおかつ、ちゃんと中川映画らしさがあるし、衛藤さんも抜群にいいので、そこに注目してほしいです。

中川監督 行助とこよみ、二人のやりとりが、美しい箱庭のような世界の中でどのように綴られているのか・・・この映画は、詩集であり、おとぎ話だと思っています。それを観てくださった方がどのように感じられたのか、ぜひ感想を伺いたいです。

―ありがとうございました

中川龍太郎(なかがわ・りゅうたろう/写真右)
1990年1月29日生まれ、神奈川県出身。
大学進学後、独学で映画制作を開始。2012年、自主制作で監督した『Calling』がボストン国際映画祭で最優秀撮影賞を受賞。太賀を主演に迎えた2016年の自伝的作品『走れ、絶望に追いつかれない速さで』では、2年連続で東京国際映画祭に出品。2017年、『四月の永い夢』が第39回モスクワ国際映画祭メインコンペティション部門に出品され、国際映画批評家連盟賞を受賞。2019年、松本穂香主演の『わたしは光をにぎっている』が第41回モスクワ国際映画祭に特別招待作品として出品された。

仲野太賀(なかの・たいが/写真左)
1993年2月7日生まれ、東京都出身。
2006年、13歳の時にドラマ「新宿の母物語」で俳優デビュー。翌2007年にNHK大河ドラマに初出演し、2008年の映画『那須少年記』では主演に抜擢される。その後、数多くのドラマや映画などに出演。2020年は、『今日から俺は!!劇場版』『生きちゃった』などの公開が控える。

ABOUT
大学で生物考古学研究助手をしている行助(仲野太賀)は、パチンコ店の駐車場でおいしそうなたいやき店を見つける。そこは、こよみ(衛藤美彩)という、まっすぐな目をしたかわいい女の子が一人で経営する店だった。そこに通ううちにこよみと少しずつ親しくなり、言葉を交わすようになる行助。しかし、ある朝、こよみは交通事故で意識不明になってしまう。やがて奇跡的に意識を取り戻したこよみだが、事故の後遺症で、目覚めてからの記憶は一日経つと消えてしまうという。行助は記憶が刻まれなくなったこよみと変わらずに接していこうとするが・・・。
配給:キグー
公開日:シネマート新宿ほか全国順次公開中
(C) 2019「静かな雨」製作委員会/宮下奈都・文藝春秋