
取材・文=赤山恭子、撮影=映美
―香取慎吾さん演じる郁男の堕ちながら歩む姿が心に残る作品。台本を読んで、当時10代だった恒松さんは、どんな印象を持ちましたか?
恒松祐里(以下、恒松) 台本を読むときは、いつも自分の役柄をどうしようかと考えながら読んでしまうんですが、とにかく静かなお話だなと思いました。『凪待ち』に出てくる登場人物は、全員「いそうだな」という人たちばかりで、嘘がなくて。その中で、私は郁男のような人には会ったことがないですし、共感すべきところもあまりなかったんです。でも、その嘘のなさがズドンと胸にくる作品でした。台本を読んだときよりも、初号(試写)で観たときに、思った以上に作品が動いていて、監督の手腕なのかなと驚きました。私のような20歳の若い女性でも、構えずに観られると思います。
―白石監督は、どのような想いで手掛けられましたか?
白石和彌監督(以下、白石監督) ダメな男が再生する話をやろうと思っていたんです。映画化のあてがなくても、ずっとどこかで「暇ができたら脚本を書こう」と・・・。
―なかなか暇はないですよね?
白石監督 ないんですよ(笑)。今回やることになって、香取さんと組むなら「この話がいいんだよなぁ」と。自分で書けなかったことは残念ではあるんですけど、その分、脚本に加藤(正人)さんに入ってもらえたので、よかったです。ひたすら堕ちていく人の話ではあるし、共感ももちろんできないんだけど、人生の落とし穴はどんな人でもどこかに張り巡らされていて、いつ転がり落ちるかはわからないですよね。同時に、転がり落ちるけど立ち直るチャンスもきっと同じくらいあるんじゃないのかな、と思っていて。この映画を作る上での指針みたいなものでした。
―舞台を石巻にしたのも、意味のあることでしたね
白石監督 震災直後は大きな悲しみがあり、当然ですが、こぞってドキュメンタリーを撮りに行ったり、復興のドラマができたりして。・・・間違ってはいないけど、僕自身はすぐ向き合うことができないな、とずっと思っていて。今だからこそ描けるものが、きっとあるはずだと思いました。それに、香取さんは以前から大きな天災に、ある意味、国民の顔みたいなところで寄り添っていたり、オピニオンになっていた部分もあったので、こうした題材を一緒にできるのかなと思い、取り組みました。実際、物語の中ではそんなには関わらせるつもりはなかったんですけど、舞台を(石巻に)置いた瞬間から関わらざるを得なくなって、彼の物語と復興の再生していく感じがシンクロすればいいなと思いながらやっていました。
―恒松さんとは雑誌でご一緒された経験があったそうですが、演出されていて女優としての面白さなども感じられましたか?
白石監督 やっぱりありましたよ。たぶん、この時期でしか撮れない恒松祐里がいたはずだし。なんか、今日久々に会ったら、さっきリリー(・フランキー)さんも「会うたびにかわいくなる」と言っていたけど、うん!
恒松 ええ、本当ですか(笑)!?
白石監督 まだギリギリあどけなさが残っている。道が決まっているとそういう顔になっちゃうから、まだ人生に迷っている感じは、あの時期にしか出せなかっただろうと思うんです。恒松さん自身が持っている真っすぐな感じ、ここまでの生き方がすごくストレートに出て、多くを語らずともいろいろと見せてくれる感じがあって、それがよくて。この映画は昨今の日本映画と違って、過去に何があったとか、よくわからないじゃないですか。何となく話が進むうちに「そういうことか」とわかっていく、そういう映画にしたかったんだけど。そのためには、芯を持って生きている人たちがどうしても必要で。祐里ちゃんは、そういうものが見えてくる女優さんでした。
―世代的にも青春作品を中心に求められることが多いのかもしれませんが、白石監督との取り組みによって、また新たな「恒松祐里」が出てきましたね
恒松 うれしいです。青春って・・・すぐ終わっちゃうじゃないですか。だからか、映画を撮っているときも青春映画は、スッと過ぎ去ってしまうというか(笑)。
白石監督 へえー!
恒松 『凪待ち』は、ほかの役よりもかわいくやらなくていい、ということもあって・・・。
白石監督 青春映画のときは、かわいくしなきゃいけない(笑)!?
恒松 私がかわいくやらないので「かわいくして」と、よく言われます(笑)。この作品では、逆にありのままの自分でいて、監督が「よし」としてくださったので、お芝居をしている感覚があり、すごく心地よかったです。20歳になりましたし、青春映画もですけど、もっと、こういう作品にも出たいです。深く考えることも多く、すごく実り多い時間でした。
―白石監督の演出はいかがでしたか?
恒松 画の豊かさのために、動きを求められるんですけど、監督がどんどんアイデアを出してくださって、その動きをすると台詞もしっくりきたので驚きました。
白石監督 僕の最大の演出は、やっぱり「芝居が上手な人を連れてくる」ということ。・・・本当に重要なことなんですよ。祐里ちゃんは上手なことはよくわかっていたので、全然心配していなかったです。ちゃんとその瞬間にスイッチが入る女優さんですし。
―香取さんとご一緒することによって、恒松さんに変化は見られましたか?
白石監督 どうでしょうねえ・・・。最初は緊張していたんだろうな、と思いました。ただ、香取さんってすごくフランクで、すぐ打ち解けてくれるというか。多くを話す風ではないけど「慎吾ちゃん」と言えるような雰囲気が常にあるので、すぐになじんで。香取さんは主役なので、どうしても受けの芝居になってしまうから、どこかで恒松さんの芝居が香取さんを引っ張ることもあるのかな、と思っていたんです。けど、すごくいい形でフィフティ・フィフティでやれていたんですよ。恒松さん、香取さんを相手に本当に大したものだと思いましたよ。
恒松 ありがとうございます。香取さん・・・すごかったですよね。
白石監督 ねえ・・・!
恒松 私はスクリーンを通して観た、郁男のギャンブルのときの表情に圧倒されました。私とのお芝居のときには、自然に接していただいて、郁男と美波としてすごくやりやすかったです。お芝居にも影響した関係性だったと思います。
白石監督 実の親子じゃないけど、最初の見た目は普通の親子より仲良く見えて、事件を介してだんだん離れていきながら、でもまた変わっていくという関係性が見えるようにしたかった。自然とその関係が2人とも見えていたので、うまい人をキャスティングするもんだなあって思いましたね(笑)。
―香取さんは完成披露舞台挨拶で「プレッシャーがあった」というお話をされていました。白石監督もそう感じられていたのですか?
白石監督 最初はあったと思います。構える人ではないから、内に溜めていたんだろうけど。すぐにやりたいこともわかってくれたし、楽しむというか空気の中に入り込んでくれたので、さすがだな、と思いましたね。今回、被害者側なので、そこはやっていて苦しいだろうと思いました。僕自身も、すごく苦しかったので。
―白石監督はアーティストの方を撮るのがお好きだとおっしゃっていました。今回、稀代のアーティスト、アイドルである香取さんを撮っていて、手ごたえはいかがでしたか?
白石監督 もう全然違います。役へのアプローチの仕方も違うし、それが良い悪いではなく、香取さんのアプローチであんなクオリティーが出せるんだということに驚きました。本当に衝撃的でした。香取さんが「役作りって、僕わからないんですよ。何をやるんですか?」と言っていたんですけど、たしかに、香取さんのクオリティーを出されると、普段、役者って何を基準にどうしていいかわからないな、というのは正直思いました。ただ・・・当然トップアイドルですけど、大河ドラマの主役をやられていたり、役者としての能力や、いろいろな資質が根本的に高かったんですよね。それを考えれば、腑に落ちたかなと思います。感性が鋭いのと、僕らが何を求めているのか、というのを感じる力が本当に早い。どうやったら通っていけるかを知り尽くしている方でした。なかなかいない方です。
―ありがとうございました
写真右・白石和彌(しらいし・かずや)
1974年12月17日生まれ。北海道出身。
1995年、中村幻児主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活動。2010年、初の長編映画監督作品『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で注目を集める。ノンフィクションベストセラーを原作とした『凶悪』は、2013年度新藤兼人賞金賞をはじめ、第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・脚本賞ほか各映画賞を総嘗めにし、一躍脚光を浴びた。その後、『日本で一番悪い奴ら』『牝猫たち』『彼女がその名を知らない鳥たち』『サニー/32』『孤狼の血』『麻雀放浪記2020』など多数の話題作が公開。11月8日には映画『ひとよ』の公開が控える。
写真左・恒松祐里(つねまつ・ゆり)
1998年10月9日生まれ。東京都出身。
子役としてデビューし、ドラマや映画を中心に活躍。主なテレビドラマの出演作は、2015年のNHK連続テレビ小説「まれ」や、2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」など。主な映画出演作は、2015年の『くちびるに歌を』をはじめ、『ハルチカ』『サクラダリセット前篇・後篇』『散歩する侵略者』『3D彼女 リアルガール』『虹色デイズ』などがある。公開待機作は、9月20日公開の映画『アイネクライネナハトムジーク』、2019年秋公開の映画『殺さない彼と死なない彼女』など。