「仕事で疲れているときに観ると元気をもらえる作品」/『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』波多野貴文監督インタビュー

「海猿」や「S-最後の警官-」といった職業ものを描いた小説で定評のある小森陽一の「オズの世界」が『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』として映画化。これまでは硬派な男性の主人公が多かったが、本作では初めて女性を主人公にしたことでも注目を集めている。今回は、地方の遊園地に配属されてしまう新入社員の波平久瑠美に波瑠、そして“魔法使い”と呼ばれるカリスマ上司の小塚慶彦に西島秀俊という豪華キャスティングが実現した。手掛けたのは、『SP』シリーズをはじめ、幅広いジャンルで活躍している波多野貴文監督。地元である熊本での撮影秘話や現場で意識していることなどについて語ってもらった。

取材・文=志村昌美、写真=松林満美

―今回はこれまでとは違うタイプの作品に挑戦されましたが、不安やプレッシャーはありませんでしたか?

映画が公開されるというプレッシャーはありますが、「自分には撮れないかもしれない」みたいな不安はなかったですね。それよりも、作品を撮らせてもらえる幸せは何物にも代えがたいものなので、楽しみたいなと思っていました。

―原作を読まれたときの印象を教えてください

最初に読んだときは、波平というキャラクターの気持ちは僕もよくわかるなと感じました。「いまの若い人はこらえ性がない」とか「すぐ仕事を辞めてしまう」ということをよく耳にしますが、選択肢がたくさんある中で、合わなければ辞めるという風潮なんだと思います。だから、若い人も根性がない訳ではなくて、自分のやりたいことが見えたときには波平のように突き進む力を持っているんですよね。と同時に、楽しそうに働いている大人がかっこいいなと思ったので、そういう姿をこの作品で描けたらいいなというのは意識しました。

―本作は監督の地元・熊本が舞台。舞台となったグリーンランドではよく遊ばれていましたか?

そうですね。小さい頃から何度も行かせてもらったので、すごく愛着はありました。ただ、そういった特別な感情が僕の中にあるからこそ、寄り添い過ぎないようにしないといけないなというのは注意していたところですね。つまり、熊本という局地的な話になってしまうのではなく、誰もが共感できるような地方での出来事という感覚はなくさないように気を付けたところです。

―グリーンランドでの忘れられない思い出があれば教えてください

小学生のときに母親と乗ったスライダーがあるんですが、それが今も残っていたんです。なつかしくて、ロケハンや撮影のたびに乗ってしまいました(笑)。

―今も当時の景色とあまり変わらないと感じましたか?

もちろん新しいものもありましたが、記憶の中にある遊具や観覧車とかは同じところにあったような気がします。そういう意味でもホームに帰ってきた安心感とこの変わらぬ景色をうまく伝えたいというのはありました。

―監督がオススメの景色はありますか?

気球に乗っていたときの上からの景色や劇中で園長と波平が眺めている景色は空が広くてすごく気持ちがいい場所で好きなところなので、ぜひ見ていただきたいですね。

20181026-01_sub01―遊園地での撮影ということで、かなり多くのエキストラの方が参加されたようですが、地元の方との撮影で印象的なことはありましたか?

高校時代の先輩や同級生が駆けつけてくれたり、実家の仕事関係の人が来てくれたりして、地元のみなさんに協力していただきました。これだけアットホームな感じと応援してくれる雰囲気はいつもの地方ロケとはちょっと違うところだったと思います。あと、毎日のように何度も足を運んでくださる常連さんもいっぱいいらっしゃいました(笑)。

―実際に小塚のモデルになった方ともお会いしたそうですが、そこで聞いたおもしろいエピソードはありましたか?

原作にほとんどのエピソードが入っているのですが、それ以外で聞いたお話で印象に残っているのは、ちょっとやんちゃなグループが来たときに、「大変だ」みたいな雰囲気になったそうなんですけど、「遊園地にケンカしに来る人たちはいない」ということで普通に対応されたそうです。たしかに遊園地に怒りに来る人っていないんですよね。それは改めて感じました。あとは、園内に緊急車両を入れないというのも、知らなかったことですが、遊園地ではそういった日常の生活音が聞こえないように気を遣ってもらっていたんだなと初めて気が付きました。

―とはいえ、もし冒頭のシーンのように爆弾があったら、どうされるんでしょうか?

グリーンランドでも、実際に爆弾を仕掛けられたことあるらしく、そのときもニセモノの爆弾だったそうですが、やはり緊急車両を入れずに、係員の方が園外に持ち出されたそうです。徹底していますよね。

―それを象徴するような「グリーンランドでの五か条の鉄則」というのは、映画でも紹介されていて驚きでしたが、監督の現場でも鉄則はありますか?

特に決めていることはないですが、いつも笑顔でいるように心がけています。僕の現場では基本的にどなり声は聞こえないですね。

―そんな監督の背中を見て、みなさんがそうされているのかもしれませんね

それはわからないですけど、なるべく誰に対してもフラットに接しようというのは意識しているところです。たとえば、「別部署に口出しするな」みたいな感じではなく、ほかの部署でも、助監督の一番下の子でも、意見が通りやすいようにしたいなとは思っています。

―そういう意味では、監督は小塚タイプということですか?

僕はあそこまで人間ができてないですけどね(笑)。でも、おもしろい案があれば誰からでも採用したいと思っています。その方が作品にとっても絶対にいいので、風通しがいいチームだったらうれしいなと思います。

20181026-01_sub03―裏の苦労をお客様に見せないという意味では、遊園地と映画作りの現場は似ているところがあると思いますが、共感したことは?

グリーンランドはもともと果樹園だったこともあり、高低差がすごくあるので、移動がとにかく大変なんです。通常の撮影だと移動中は少し休めるんですが、今回は営業中に撮影していたこともあり、機材は基本的にすべて歩いて、手で運ぶことに。敷地が東京ドームの約10個分の広さなので、炎天下で運ばないといけないのがとにかくつらくて、毎晩歩き過ぎで足がつりそうになっていたくらいです(笑)。でも、係員の方たちはいつもそういう思いをされているんだなと思うと、肉体的な共通点も感じました。映画では、その暑さや大変さがあまり伝わってなくてちょっと残念ですけど、観客のみなさんにはスッと観ていただければそれでいいと思います。

―そんな中で主演の波瑠さんにはどのような演出をされたのでしょうか?

僕はいつもそうなんですが、最初に少しだけお話をして、そのあとは基本的には俳優さんにお任せするようにしています。というのも、今回も波瑠さんだからこうなるし、西島さんだからこうなる、みたいなものがあるので、そこを僕がカメラに収めていくというような作業でした。

―波瑠さんの現場での印象や監督から見た波瑠さんの魅力を教えてください

すごく自然体なんですよね。波瑠さんとはドラマ「BORDER警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係」でもご一緒したことがあり、そのときは緊張してるなと思ったんですけど、今回はすごくナチュラルでした。とはいえ、その中でもいろいろと計算もしていて、それが微妙な表情としてとらえられていたので、編集し終えたときに「こんな表情していたんだね」とスタッフ間でも話題になりました。自然と波平がそこにいるみたいな感じはよかったと思います。

―西島さんも今回はあまり見たことのないようなコミカルなキャラクターを演じていて、監督が新たな一面を引き出されたと思います

かっこいい大人を描きたかったというのがあったので、西島さんなら笑っている感じが素敵だろうなと思ってお願いしました。普段はこの笑顔を封印されてる役が多いですが、すごくいいですよね。今はいろんなハラスメントなどが社会で問題になっていますが、「でも、本当は仕事って楽しんだよ」ということが伝わるといいなと思っています。

―画面からも西島さん自身が楽しんでいらっしゃるのが伝わってきました

久しぶりにこういう役がきて、ご本人もノッてるとは聞いていましたが、その感じはにじみ出ていたかもしれないですね。現場でも、西島さんがスタッフと一緒にカメラのレールを準備したりしていましたから(笑)。楽しんでいただけたんだと思います。

―監督にとって、この仕事を続ける上での大変さややりがいはどんなところですか?

たとえば、サラリーマンの方や大変な環境で働いていらっしゃる方とかが、僕の作品を観ることで日常の緊張感から一瞬でも放たれて、違う世界に行くことができる時間を提供できるならそれはうれしいことです。だから、体力的、撮影環境的に大変なことや、「どうしたらいいんだろう」と頭を悩ませることは次から次へと出てきますけど、つらいと思うことはないですね。

―観客のみなさんの反響で、そういう苦しみもすべてチャラになっているんですね

そうだと思います。だから、つまらないと言われたら「またがんばろう」となるし、おもしろいと言われたらうれしいですよね。この仕事は正解がないからおもしろいのかもしれないです。

―最後に、これから観る方に向けてメッセージをお願いします

仕事で疲れているときにも観てもらいたい作品です。自分の受け入れ方次第で環境も変わるし、すべてを楽しい世界にすることもできるので、「生きてるっておもしろい」、そういった部分を波平から感じてもらえたらうれしいです。

―ありがとうございました

20181026-01_sub02波多野貴文(はたの・たかふみ)
1973年9月3日、熊本県出身。
テレビドラマの演出補として数々の作品に携わった後、2005年に「逃亡者 木島丈一郎」でテレビドラマを初演出。2010年には『SP THE MOTION PICTURE 野望篇/革命篇』で映画監督デビューを果たし、両作合わせて興行収入67億円という大ヒットを記録する。その後は、「安堂ロイド~A.I.knowsLOVE?~」や「BORDER警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係」などのドラマを演出。代表作は、「翳りゆく夏」や「わたしに運命の恋なんてありえないって思ってた」「コールドケース~真実の扉~」など。

ABOUT
彼氏と同じ超一流ホテルチェーンに就職し、夢と希望にあふれていた新入社員の波平久瑠美(波瑠)。ところが、言い渡されたのは、系列会社が運営する地方の遊園地グリーンランドへの配属だった。仕方なく現地に向かい、最初はふてくされていた久瑠美だったが、“魔法使い”と呼ばれるカリスマ上司の小塚慶彦(西島秀俊)や個性的な従業員たちと触れ合っていくうちに、仕事の楽しさとやりがいに気付くようになる。久瑠美はいつしか小塚に対しても憧れか恋かわからない感情を抱きはじめていた。そんなある日、久瑠美は小塚の秘密を知ってしまう。
配給:ファントム・フィルム/HIGH BROW CINEMA
公開日:10月26日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
公式サイト:https://ozland.jp/
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