
文・取材=志村昌美、写真=三橋優美子
―まずは脚本を読んだとき、どのような印象を受けましたか?
最初に読んだときは、時代に関係なく、「家族の再生」についての物語だと感じました。そして、それを通してみゆきがどう変わっていくのか、という部分に気持ちが集中していたように思います。
―ご自身は1987年生まれ。劇中で描かれている時代背景については、初めて知る部分も多かったのでは?
その頃に流行った音楽などを集めた資料を監督からいただいていたので、それを参考にしていましたが、なんとなく見たことのあるようなものと、新しく知ることと半々くらいでした。たとえば、竹の子族は噂で聞いたことはあるけど、“オバタリアン”は普通に知っている、みたいな感じです(笑)。
―映画では『軽蔑』以来の主演となりましたが、決まったときの心境を教えてください
「久しぶりの映画だし、私で大丈夫かな」というのが率直な気持ち。でも、せっかく声をかけていただけるなら挑戦しようと思ってお受けしました。ただ、あまりにも不安だったので、監督とプロデューサーさんに「お父さん役は板尾創路さんがいい!」とお願いしたんです。
―父親役をどうしても板尾さんにお願いしたかった理由は何ですか?
お芝居でいただけるものがたくさんある板尾さんに、そばにいてほしいということと、私が言うのはおこがましいんですけど、しっかりとした芯がある方なので、大きな柱として支えていただけると思ったからです。以前、ご一緒したこともあるので信頼していましたし、尊敬もしているので、お忙しいのは承知していましたが、無理やりお願いしました(笑)。
―鈴木さんから見て、板尾さんの魅力はどんなところだと思いますか?
板尾さんは、喜怒哀楽のすべてを内包している役者さん。今回も背中を見ただけで、父親の抱える哀愁や背負っているものを感じさせられました。なので、現場では板尾さんと一緒の時間や空間を大事にしようと集中して、いただけるものは全部いただくように心がけていたんです。だから、それ以外に余計なことは考えなくていいかなと思っていました。
―とはいえ、不安な気持ちがあったということですが、どうやって乗り越えましたか?
今回は、共演者の方々の支えと、袋井市、磐田市、森町の地域のボランティアスタッフの方の手厚いサポートに感動しているうちに終わってしまった感じです。たとえば、撮影ではどうしてもロケ弁が多くなりがちなんですけど、地元の方々がケータリングでご飯を作ってくださることが大半だったので、本当にストレスなく、穏やかに過ごすことができたんです。
―地元の方とのやりとりで印象に残っていることはありますか?
エキストラさんも実際にその土地に住んでいる方々にお願いしたので、普段は熱帯魚などを扱っていらっしゃる方が刑事役で出演していたりとか、地域の方も本当に楽しんでいらっしゃって、一緒に映画を作っている感覚でした。懇親会を開いてくださったり、待機場所でお借りしたお家の人にお菓子をいただいたりとか、そういうことも多かったので、とても感謝しています。
―すごくアットホームな現場だったんですね
監督と地域の方との信頼関係がすごく厚くて、みなさんが「太田監督と一緒に仕事をしたい!」というのが、ひしひしと感じられました。
―これまでに多くの監督とお仕事されていると思いますが、太田監督の現場はいかがでしたか?
太田監督は無垢な少年そのままという感じの方なんですけど、純粋に映画と向き合っていらっしゃって、キラキラ感がすごいんです。なので、現場でもご機嫌なOKしか出さないので、「たまにはちょっとダメ出ししてほしいな」と逆に思うくらいでした(笑)。でも、ハツラツとした方で面白かったし、体験したことのない現場で新鮮でした。
―ご自分も過去に行ってみたいですか?
完成した映画を観たあと、自分の芝居の下手さにもう一度撮影したいと思うことはあります(笑)。ああすればよかったとか、こうすればよかったという反省は毎回思うことなので。でも、いまの年齢だと、あの頃がよかったとか、過去に戻りたいという感覚はまだないです。
―では、もし過去に戻れたら、いまとは違う道を行きますか?
人生には枝分かれしている部分が数多くありますが、そのなかでどこか一本でも違っていたら、いまと大きく変わってしまいますよね? 家族や友人など、すごく恵まれた環境にいて、そのうちの誰とも出会えなくなるのは嫌なので、そういう意味では変えたくないです。もちろん、振り返れば本当に恥ずかしい失敗もたくさんありますけど、それもした方がよかったんだなといまは思っています。
―30代になって仕事への向き合い方に変化はありますか?
20代の後半くらいから“諦め方”を知るようになりました。10代や20代半ばまでは、向上心というのを、「自分以上のものになろうとすること」とはき違えていたんです。だから、「自分は自分でしかないんだ」という諦めがつき始めたのは、すごく大きかったと思います。もちろん、自分ができることの範囲で諦めることはないですけど、できないこともたくさんあるんだと思うと、肩の力が抜けるようになるので、前よりも柔軟になっているように感じます。
―それは経験を積み重ねてきたことで見いだした答えですか?
タイミング的にいろんなことが重なり合ってそうなった気がしています。あとは、いま絵を描いているんですけど、そのことが自分のなかのバランスに大きく作用していると思います。お芝居と違って、絵を描くことには責任がないので、手放しでいろんな観察ができておもしろいんです。もともとは、日記の代わりに絵を描き始めたんですけど、いまではなくてはならない時間。あとは、絵で発散できるようになった分、芝居に変な力が入らなくなったのも大きいです。
―今後、新たに挑戦したいことがあれば、教えてください
いまは絵の作品集に取り組んでいますが、ちゃんとしたものをみなさんにお届けしたいなというのがまず一つ。あとは、最近ボイストレーニングを始めたので、少しずつ自分をアップデートしていけたらいいなと思っています。
―最後に読者へのメッセージをお願いします
年齢や性別問わず感じていただけるものがある作品ですが、今回は静岡の景色や地元の方々が主役の映画でもあり、みなさんの思いが詰まっているので、それが伝わればうれしいなと思っています。
―ありがとうございました
鈴木杏(すずき・あん)
1987年4月27日、東京都出身。
1996年の『金田一少年の事件簿』でドラマデビュー。その後、映画『花とアリス』や『軽蔑』で主演を務めた。また、舞台では蜷川幸雄演出の作品にも数多く出演し、活躍の場を広げる。主な出演作は「ムサシ」や「海辺のカフカ」など。2016年には「イニシュマン島のビリー」と「母と惑星について、および自転する女たちの記録」で第24回読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞する。
ヘアメイク=宮本愛(yosine.)、スタイリスト=小山よし子
【初日舞台挨拶情報】
6月30日(土)10:30からの回上映後、初日舞台挨拶あり(上映前予告なし)。
舞台挨拶登壇者(予定):鈴木杏、田中美里、越後はる香、藤田朋子、宝田明、太田隆文監督
会場:有楽町スバル座(千代田区有楽町1-10-1 有楽町ビルヂング内)
※登壇者は予告なしに変更をする場合がございます。
※有楽町スバル座は全席自由席のため、事前には販売しておりません。
※混雑状況により、立見となる場合や、満席の場合はご入場をお断りすることもございます。
お問い合わせ:有楽町スバル座(03-3212-2826)